大判例

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大阪高等裁判所 昭和48年(行コ)2号 判決

原告(控訴人)

大崎良三

右訴訟代理人

榊原正毅

榊原恭子

被告(被控訴人)

神戸地方法務局長

前田謙吾

被告(被控訴人)

神戸地方法務局登記官

指定代理人

曾我謙慎

〈外一名〉

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は原告の負担とする。

事実

(原判決の主文)

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の趣旨)

(1)  被告神戸地方法務局長(以下被告局長という)に対する請求

被告局長が、昭和(以下略)四五年一一月一八日付で原告に対してなした審査請求棄却の裁決を取消す。

(2)  被告両名に対する請求

被告神戸地方法務局登記官(以下被告登記官という)が、同法務局四五年九月二九日受付第一二九一号を以つて日本基督教会住吉教会(以下住吉教会という)代表役員丹波恵名義の宗教法人変更登記申請を受理した処分を取消す。

(不服の範囲)

原判決全部

(当事者の主張)

当事者双方の主張は、次の追加をするほか、原判決事実摘示のとおりである。

一、原告の主張

本件訴訟は、紛争当事者間における実体関係の確定を求めるものではないから、住吉教会の代表役員が原告であるか丹波恵であるかは、同教会との関係で確定されないのは当然である。しかし商業登記法一〇九条一一〇条によると、登記された事項につき無効の原因があると、登記官は、登記の職権抹消ができ、その範囲では、異議申立が可能である。異議申立に対する処分の当否については、行政訴訟が提起できる筈であるから、実体関係の確定以外に、行政訴訟を提起する利益がないとは考えられない。

二、被告らの主張

(一)  本件訴訟は、宗教法人住吉教会について、登記官のなした代表役員変更登記受理処分およびその裁決の取消を求めるものである。およそ、取消訴訟においては、訴訟上の要件として、原告が当該行政処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者であることを要する。右法律上の利益の内容としては、当該行為が処分性を有することのほか、原告がその訴訟において、権利利益追行の資格を有すること、および、裁判所が本案判決をなす程の具体的利益が原告に存することを要すると解すべきである。

(二)  しかるに、法人登記における登記上の法主体は、法人自体であつて、法人の機関である役員は、登記上の主体たりえない。したがつて、登記簿の記載によつて利益不利益をうけるのは、あくまでも法人であつて、機関である個人ではないから、本件において、役員登記の変更による被害者は、宗教法人住吉教会であり、原告ではない。原告が変更登記により利益を損われるとしても、それはせいぜい事実上の利益で、反射的利益の侵害にすぎない。この意味で、原告は、本件取消訴訟における訴訟追行資格を欠き、原告適格を有しない。

(三)  宗教法人法六五条で準用される商業登記法一〇九条ないし一一三条には、申請趣旨どおりの登記を了した場合の登記官の職権抹消について登記された事項につき無効原因があるとき(ただし訴をもつてのみ無効を主張することができる場合を除く)を定めている。しかしこれも、登記簿の記載、登記申請書、添付書面等から、その申請が法律上許容されない無効原因の存在が明確に判断される場合に限られ、本件はこれに該当しない。商業登記法二四条の形式的要件を欠缺する場合については、登記を信頼して取引した第三者の利益を害する虞れがあるので、その効力は、実体関係に符合し真正なものであるかどうかにより判断さるべく、形式的違法性により直ちに無効となるものではない。その場合は、登記事項の基礎である法律関係につき利害関係人よりする通常訴訟による実体上の確定が先決である。仮に形式的違法事由があるとして、本件登記申請受理処分を裁判によつて取消したとしても、登記官による職権抹消の余地はない。原告の求める登記抹消のためには、結局宗教法人住吉教会を相手方として役員の地位確認訴訟を提起し、その確定判決を得るほかはないから、いずれにしても、本訴は、裁判所が、本案判決をする程の具体的利益を欠き原告は当事者適格を有しないというべきである。

三、当事者双方の陳述

当審において本案判決がなされても異論はない。

(証拠)〈略〉

理由

一争いのない事実

神戸地方法務局四五年九月二九日受付第一二九一号をもつて、住吉教会代表役員丹波恵名義で申請された宗教法人変更登記申請を被告登記官が受理し、これに基づいて同年三月一九日付で原告を宗教法人住吉教会代表役員から解任し、丹波恵が同教会の代表役員の地位に就任した旨の代表役員変更登記がなされたこと、そこで原告が、同年一〇月九日被告局長に対し本件登記申請受理処分を違法として相当処分を求める旨の審査請求をしたところ、同被告が同年一一月一八日付で審査請求棄却の裁決をした事実は、当事者間に争いがない。

二訴えの適法性について

(1)  被告らは、法人登記における主体は、法人自身であつて、法人の機関である役員は、登記上の主体でない点を理由として、原告は、法人登記の申請受理処分取消訴訟の原告適格を欠くと主張する。

しかし本件訴訟は、住吉教会の役員変更登記申請を受理した登記官の処分を争うものであつて、同教会の設立登記そのものを対象とするものではない。右登記申請前法人の機関として登記されていた個人は、法人登記の主体ではなくても、自己の権利利益につき重大な利害関係を有するのであるから、右受理処分の適法性を争う法律上の利益を有するものと解すべきである。けだし法人の役員登記は、法人の機関構成員の何人であるかを公示する点に制度上の主たる目的の存することは否定できないけれども、その反面当然に機関構成員たる役員個人の対外的対内的な地位、資格および権能を公示する役割をも果しているのであるからこれをもつて単なる反射的利益とすることはできない。原告は、本件訴訟によつては、住吉教会との関係において役員の地位を確定することもできず事態の抜本的解決ができないことは、被告ら主張のとおりであり、主張のような地位確認の判決により原告の登記上の地位を容易に是正しうることも、宗教法人法の準用する商業登記法一〇七条一〇九条の規定に照らし明らかである。しかし、このことのゆえに、本件登記申請前住吉教会の代表役員であつた原告の登記の回復を求める手段としてこれと相容れない後の登記申請受理処分の取消を求めることが否定されなければならない道理はない。元来争訟上の救済方法の選択は、当事者の自由に任ねらるべきものであり、登記制度の有する効用からみて登記申請受理処分の取消を通じて自己の法律上の利益を擁護しようとする原告の本訴は、適法なものと認めるのが相当である。

(2)  つぎに被告らは、宗教法人法の準用する商業登記法一〇九条により登記官の職権抹消の許されるのは、同法二四条一号から三号までに掲げる事由および登記された事項につき無効の原因があるとき(ただし訴えをもつてのみ無効を主張することができる場合を除く)に限られるのであるから、本訴は本案判決をする程の具体的利益を欠き当事者適格がないと主張する。

しかしながら登記官の登記申請受理処分の当否を争う訴訟における違法性の範囲、程度に関する問題は、まさにこの種の訴訟の実体ないし内容に関する問題に外ならないのであつて、単なる訴訟要件ではない。仮に原告の主張自体からその訴訟の理由のないことが明白な場合であつても裁判所が実体判決をする妨げとはならない。よつて、本訴が当事者適格を欠くということはできない。

(3)  そうすると被告らの本案前の主張はすべて理由がない。被告局長に対し原処分の取消しを求める請求部分は、行政事件訴訟法一一条による被告適格のない者に対する訴えとして却下を免れないが、その余の訴えを却下した原判決は不当である。

(4)  しかしながら当事者双方は、当審において本案の判断がなされても異議がない旨陳述しており本訴の争点が登記官の審査権に関する問題であつて、現在提出されている以上に資料の提出が期待できないという訴訟の特質に鑑み、民訴法三八八条の適用は排除されるものと解するので、更に実体の判断をすることにする。

三裁決取消の請求について

行政事件訴訟法一〇条二項によれば、処分取消訴訟とその処分についての審査請求を棄却した裁決取消訴訟との提起できる場合においては、処分の違法を裁決取消の理由とすることを認めない。いわゆる原処分主義による違法事由の主張制限が定められている。本件は右両訴訟が提起できる場合であるところ、原告は、原処分の違法事由を主張するのみで、裁決固有の違法事由については、なんら具体的な主張も立証もしない。しからば、裁決の取消を求める請求は、理由がなく失当として棄却すべきである。

四原処分取消の請求について

およそ、法人登記に関する登記官の処分に取消原因となる瑕疵があるというには、登記官はいわゆる形式的審査権を有するに過ぎないことを前提としなければならなく、処分の当否の事後審査である取消訴訟における判断に際しても、処分時における登記官の審査権限のおよぶ範囲を無視することができないのは当然である。宗教法人法の準用する商業登記法二四条各号は登記官の申請却下の処分権限を定めたものであるが、同条一〇号の無効または取消の原因の有無、同法一〇九条一項二号の無効原因の存否の認定についても、登記官の審査権限の及ぶ範囲もしくは及ぶべかりし範囲における審査対象となる証拠に現われた事由に限られるものといわなければならない。

そして、後記乙一ないし八号証と弁論の全趣旨を合せて考えると、本件登記申請に際しては、日本基督教会社住吉教会代表役員丹波恵名義の登記申請書とともに、乙第二号証(第一九回日本基督教会近畿中会記録)同第三号証(近畿中会議事録)同第四号証(解任書)同第五号証(任命書)同第六号証(承諾書)のほか後掲乙第七、八号証並びに近畿中会構成員の各印鑑証明書が各添付提出されたことが認められる。乙第九号証は、申請当時添付された書類ではないが、登記官の審査権限の及ぶべき資料に属することは書面自体から明白であるから、本訴訟においてはこれを事後審査の資料に供することができるわけである。乙第一号証(登記申請書)は、成立に争いがなく、これによれば、本件役員変更登記申請に際し、解任書、任命書、就任承諾書、委任状各一通、議事録、教会規則各二通を申請書に添付した旨の記載があり、乙第七号証(宗教法人日本基督教会住吉教会規則)も成立に争いがなく、これによれば、同規則六条には、同法人に三人の責任役員をおき、そのうち一人を代表役員とする旨を、同七条には、代表役員は主任教師をもつてあてる、代表役員以外の責任役員は、教会の総会において選挙された教会役員のうちから代表役員が選定する旨を、同八条には、代表役員の任期は本人辞任の時まで別にこれを設けない旨の記載があるが、代表役員たる主任教師の選出方法については何らの記載がなく、却つてその三二条には、包括団体の規則の効力として、日本基督教会の規則中この法人に関係のある事項に関する規定は、この法人についても効力を有する旨の記載があり、乙第八号証(日本基督教会規則)も成立に争いがなく、これによれば、同規則五条三項に、その組織を維持するに足る実力を欠くに至つた教会は、中会がこれを解散して伝道教会とすることができる旨、同二四条には、中会の組織と決議方法ことに、正職員の過半数をもつて決議する旨の記載があり、乙第九号証(日本基督教会憲法)も成立に争いがなく、これによれば、中会は牧師、宣教々師、神学教師の就職および解職に関する事項を管掌する旨、同七条には、教会を牧する教師を牧師といい、中会の命によつて牧師のない教会を監督し伝道に従事する教師を宣教々師といい、神学校の教授である教師を神学教師という旨の記載がある。

以上の資料によつて検討すると、日本基督教会近畿中会がその権限により住吉教会を伝道教会に改組するとともに、原告を同教会教師の地位から解任し、同中会議長丹波恵を住吉伝道教会宣教々師に先命した事実を窺うことができ、右事実によれば、本件登記申請には、原告主張のように無権限者の申請であること、必要書面の添付を欠くことおよび丹波恵が代表役員ではなく登記事項につき無効の原因があることが認められない。したがつて商業登記法二四条所定の却下事由がないと認めて申請を受理した被告登記官の処分は、取消原因となるべき違法事由はないと認めるのが相当である。

なお原告は、住吉教会規則三二条中の日本基督教会の規則とは、宗教法人日本基督教会の規則を指すと主張するが、その採用し難いことは、同規定の文言に徴し明白であるから右主張も理由がない。

そうすると、被告登記官の本件登記申請受理処分を違法としてその取消を求める原告の右請求も理由がなく失当として棄却すべきである。

五結論

しからば、被告局長に対し原処分の取消を求める請求については、訴えを却下した原判決は相当であるが、その余の原告の訴えを却下した原判決は不当であり、原告の各請求は棄却さるべきであるが、原告の控訴により訴え却下の原判決を取消して、請求棄却の判決をすることは民訴法三八五条に反することになるので本件各控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担については、同法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(前田覚郎 菊地博 仲江利政)

【参考 原判決理由】

(神戸地裁昭和四五年(行ウ)第三二号、裁決取消請求事件、同四八年一月一八日第六民事部判決)

理由

(一) 原告主張の請求原因事実中、(イ)の事実、および住吉教会が宗教法人法に基づいて成立された独立の宗教法人であることは、いずれも当事者間に争いがない。

(二) そこで、先ず、被告ら主張の本案前の答弁の当否について検討してみるに、本件申請は住吉教会設立登記の登記事項中「代表役員の氏名、住所」に変更を生じたものとして、宗教法人法第五五条、第五二条第二項第六号に基づいてなされたものであること、原告の主張によつて明らかであるところ、本件申請に基づく代表役員変更登記後においても、登記事項全体について、登記されている者は、当該宗教法人である住吉教会或いは住吉伝道教会なのであつて、住吉教会の代表役員として登記されたことにより、当該代表役員が受ける利益は、住吉教会の登記に基づく反射的な事実上の利益であるにすぎないものというべきである。そして、仮に本件申請受理処分が取消されるべき瑕疵を有するものであるとして、本訴を認容する判決をしても、住吉教会の代表役員が原告であるか又は丹波恵であるかということは、住吉教会との関係において何ら確定されないから、住吉教会は右と異なる主張をすることができることとなり、紛争当事者間の争は、抜本的に解決することにはならないのである。そうすると、住吉教会の機関にすぎない代表役員であることを前提にして、原告個人が住吉教会名義の当該変更登記申請の受理処分を争うことは許されず、そのような訴について原告は法律上の利益を欠くものというべきである。そうすると、原告において本件申請に基づく変更登記により、何らかの不都合、不利益を蒙つたとしても、その救済は、原告が住吉教会を相手方とする代表役員たる地位の存在確認を求めるなどの民事訴訟を提起し、紛争関係当事者間における実体的権利関係を確定した上で、図られるべきものである。従つて、本件訴訟は関係当事者間の紛争を解決する手段として有効適切な方法とは考えられず、このような訴は、訴の利益を欠くものとして、不適法といわなければならない。そして、右の理は、被告らに対する本件訴のいずれについても同断である。

(三) よつて、原告の被告らに対する本件訴は、いずれも不適法であるから、それぞれこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(坂上弘 塩田武夫 伊東正彦)

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